2018年3月、栗林庵のオリジナル商品として発売開始以降、(2018年6月時点で)合計600枚以上を販売したヒット商品「おいりこたおる」。 その製造元である株式会社オーキッドさんを訪ねました。
今回は営業主任の廣瀬裕詞さんにお話を伺いました。
オーキッドさんは今年2018年で創業30年を迎えます。
創業当時の30年前はバブル景気の時代で、東かがわ市の手袋産業が活気づいていた時代です。そんな中、オーキッドさんは手袋ではなく、あえて今治タオルの刺繍加工業をメイン事業として創業しました。
当時は自ら愛媛県今治市へ出向き、タオルを預かった後に香川県のオーキッドにタオルを運び、加工し、さらに徳島県の縫製会社で仕上げ、再度今治の会社へ納品をする、という形態を取っていたそうです。
30年前といえば、今ほど流通インフラや物流がまだ整っていない時代。「自ら足を運び、誰もやりたがらないことをやる。それがひいては自社の強みになりました。他社がやっていることはやらないというこの姿勢は、現在に至るまで会社の考えとして根付いています。」と廣瀬さんは言います。
30年前、高松空港に近い香川郡香川町(現高松市香川町)で創業したオーキッドさんですが、2013年に現在の高松市六条町に本社事務所を移転しました。現在は、高松市六条町の本社、創業の地である香川町の工場、岡山県の工場と3拠点、総勢27名で製造から販売までを行っています。
創業から30年たった今では、タオルはもちろん、リストバンド、帽子、衣類、のれん、風呂敷、ネクタイなど、繊維製品全般に刺繍を施しています。
特にリストバンドは自社生産をしており、国内シェアはトップクラス。
全体の9割ほどがOEM生産ですが、個人の方からも依頼があるほか、プリントを専門にされている会社さんから刺繍の相談を受けています。
香川県は繊維業が多く、他社とのつながりもあるため、仕事をシェアしあうこともあるそうで、そういった体制に驚かれる方も多いのだとか。
現在は他社と色々な形で協力し会える関係性づくりをしているそうで、「お客様が同じでも、やっている仕事が若干違う。それがいいバランスを保てている要因かなと思います。それも楽しいです。」と廣瀬さんは笑顔で語ってくれました。
20名以上の社員がいる刺繍業は日本全国でも20社ほどしかなく、オーキッドさんが導入している機械の台数は西日本トップクラスを誇ります。
他社との差別化を図る、他社がやらないことやできないことを行うという精神は、機械の台数、そこから生まれる生産量にも繋がっています。
現在は国内市場向けをメインで事業を展開していますが、強みを活かし、今後は海外展開も視野に入れているそうです。
過去には難しい依頼に直面した時もあったそうです。けれどそういう時にも知恵を振り絞って、みんなで協力して乗り越えてきました。さらに、難題を乗り越えることによって、新しい技術や時代のニーズも敏感にキャッチできるようになったそうです。
「無理というとそれで終わってしまう。逆に進歩がない。とことんやってみてそれでもダメなら仕方がないけれど、うちのスタッフはみんな、よっぽどのことじゃないと「無理です」と言わないんです。」と教えてくれます。
創業以来継承されている「楽しんでみんなでやろう」という社長の前向きな精神が社内に根付いているそうで、チャレンジする姿勢はそういった精神から生まれる社内風土の賜物だと感じました。
オーキッドさんにお伺いして感じたのは、女性のスタッフが多いということ。そして、皆さん、業務中は真剣な眼差しで仕事をされているけれど、説明をする時はイキイキとした笑顔で話をしてくださることでした。
そのあたりの話を廣瀬さんに伺うと、保育園や幼稚園の送り迎えの時間に間に合うようにするなど、スタッフの皆さんが働きやすい環境づくりをしているとのことでした。
「刺繍業に関していうと、必ずしも男性でないといけないということもないですし、きめ細やかな仕事というところでむしろ女性の方があっていると思うんです。小さいお子様の急な体調不良などはみんなでカバーしあって、お客様に迷惑をかけないような形で仕事を進めていける企業づくりを目指しています。
また、現在30代のスタッフは、10年後、20年後とかお子さんが手が離れた時にまだまだ40歳、50歳手前という年齢層です。それまでに弊社でノウハウや経験を積んでもらっているというのは、長期的なビジョンで見るといいのかなと思います。本人が望めば社員としての雇用という形が取れるよう、目指しています。展示会や百貨店での販売の際は、正社員、パート社員関係なく関わってもらい、お客様との接点を持ってもらうようにしています。」
現在の職場環境を充実させることだけでなく、先を見据えての取り組みを始めていることや、働く皆さんにお客様と直接関わることで感じる喜びや発見を体感してもらいたいという思い。
廣瀬さんの言葉を通して、オーキッドさんが従業員の皆さんをいかに大事に考えているかが伝わってきます。
栗林庵で販売している「おいりこたおる」はオーキッドさんが実用新案を取得した「せと刺しゅう®」という技法を採用しています。
初めて「せと刺しゅう®」を目にする方からは一様に「これ刺繍?」「本当にこれ刺繍や!すごい!」「どうやって作ってるの?」「刺繍ってこんなことができるんだ」という反応がまず返ってくるそうですが、実際手に取るとその良さを実感されるそうです。
「せと刺しゅう®」のそもそものきっかけは、やはり他社との差別化でした。
新しい転写技術がどんどん開発され、なんとか刺繍と転写技術を組み合わせられないかというところから生まれました。
最初の頃は社屋の広さなどの問題がありましたが、2013年に本社を移転したことにより、転写機を導入し、それを機に研究開発に力を入れ始めたそうです。
瀬戸内海は繊維業が盛んな地域。その強みを活かした刺繍、自分たちにしかできない刺繍であること、そして20年後、30年後は瀬戸内海が刺繍・繊維の産地になりたい、そういう思いを込めて、瀬戸内海の「せと」を取って、「せと刺しゅう®」と名付けられました。
せと刺しゅう®では、刺繍の上にプリントを施すことで、通常の刺繍では難しい、まるで写真のようなリアリティのある繊細な表現が可能になりました。
刺繍自体は糸一色で行うため、刺繍が施された背面も複雑な糸の絡みなどはなく、きれいな状態です。
刺繍後のプリントの作業は、一枚一枚人間の目で確認をしながら手作業で仕上げていくため、集中力、そして時間、労力も必要になる大変な作業です。
おいりこたおるの誕生以前、せと刺しゅう®の魅力を聞いていた栗林庵では、「いつかせと刺しゅう®を使って何かを作りたい!」という思いがありました。香川県ならではのモチーフで何かできないかと考え、おいりといりこを選び相談したところ、「やってみましょう!」と受けてもらったのが、おいりこたおるの始まりです。
糸の張力の関係で、おいりの形が楕円形になるため、微調整をしたり、色味の調整をしたりと、製品化までには、何度か試作を繰り返しました。
刺繍の起源はいつ頃なのかわからないほど古く、昔は刺繍が所属を表す役割をしていたのではないかと考えられているようです。それが時代の流れとともに、昔からある加工方法とプリントなどの現代の方法とが融合して、だんだんと変わっていく。
廣瀬さんも刺繍のそういったところに面白さを感じ、これからもまだ変わっていくのではないかと考えているそうです。
お話を伺っていると、普段あまり意識していませんが、刺繍が身近に溢れていることに気付かされます。
ぬいぐるみ、キーホルダー、テーブルクロス・・・生活に溶け込みすぎてわからないくらい、刺繍が私達にとても近い存在であることを感じます。
廣瀬さん始め、スタッフの皆さんのお話から、おいりこたおる、そして刺繍に対する愛情を感じるとともに、せと刺しゅう®がこれから世界へと広がっていく様子を思い描いた1日でした。