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川口屋漆器店 創業から現在まで
現在、川口屋漆器店を率いる、三代目の佐々木康之社長にお話しをお伺いしました。
戦後間もない昭和21年(1946年)、現さぬき市長尾に創業。
当時まだ世の中も不安定だった時代。佐々木社長の祖父は「さて、これから何を仕事にしていこうか」と模索していた折、知り合いの家具店から、座卓や家具に漆を塗る仕事をやらないかと声がかかりました。そこでの仕事をきっかけに着実に経験と実績を重ね、川口屋漆器店が誕生したそうです。


かつて漆器の需要が高かった時代は、工房に次々と注文が入り、多くの職人が製作に追われる日々だったそうです。結婚や新築といった人生の節目に、家族分の食器や調度品を一式揃えたりしていたため、漆器は暮らしの中に当たり前のように使われていた存在だったといいます。しかし、時代の流れとともに、人々のライフスタイルが大きく変わりました。核家族化や共働き世帯の増加、安価で丈夫な食器が手軽に手に入るようになったこと、漆器が食洗器や電子レンジに対応していないこと等、日常的に漆器を使う家庭が少しずつ減っていきました。
国の伝統的工芸品に指定されている「香川漆器」を知る機会や、触れる機会が以前よりも随分少なくなってきました。こうした変化のなかで、佐々木社長が感じたのは
「待っているだけではいけない!」という強い思いでした。
香川漆器の魅力をもっと多くの人に知ってもらうために。そして、暮らしの中でなにげなく使われる”日常の器”として広がっていくように。そんな想いから、佐々木社長が2015年に立ち上げたのが「87.5」(ハチジュウナナテンゴ)というブランドでした。一見すると、温度のようでもあり、ラジオの周波数のようにも考えられます。
「四国・香川県産の漆器をもっと知ってもらいたい。」という想いで、四国88ヶ所巡りの87番から88番への道中にある工房の位置からそう名付けたそうです。
「日々の暮らしの中で、幸せを感じられる道具。」それが、このブランドのコンセプト。
このブランド名もとてもユニークです。
佐々木社長の人柄が醸し出す雰囲気や、豊かでユニークな発想と遊び心が、このブランド名からも感じられ、見ているこちらもワクワクする品ばかりです。
漆器に抱くイメージって?
「香川漆器」と聞くと、格式が高く、敷居の高い伝統的工芸品という印象を持つ人が多いのではないでしょうか?かくいう私も、取り扱いが難しい、特別な日に使うもの、芸術性の高い貴重なもの、という印象でした。しかし、佐々木社長は、そんな概念にとらわれない豊かな発想で、香川漆器の新しい試みにチャレンジし続けています。それを象徴するものの一つが「87.5」。
漆器の扱いって難しい?
「”漆器=扱いが難しいもの”というイメージを持つ人が多いが、塗り方や製作方法によっては、取り扱いもしやすく、日常使いに向いている。」と佐々木社長。漆器の良いところは、まず何より持った時の軽さ。そして、落とした時に割れにくい。熱い汁物を入れた器を持っても、持った手に熱さを感じにくく料理そのものも冷めにくい。逆に、冷たい飲み物を入れても結露しにくく、コースター要らず。この熱伝導率が低さが使いやすさに繋がっています。さらには、痛み具合によっては欠けたりひび割れたりしても修復できる場合が多いこと。それから素材として最後には土に還ること。これは現代の「サステナビリティ」や「SDGs」といった考え方にもそぐう優秀なものと言えるのではないでしょうか。
佐々木社長が洋服を例えに挙げてお話してくださいました。
タキシードは特別な日に着る上質な生地の衣装で、お手入れはクリーニング店へお願いするものなのに対し、Tシャツ等の普段着は家庭の洗濯機で手軽に洗って着られるものです。漆器も同じです。丁寧に扱わなければならない特別で芸術的な漆器もあれば、ご家庭で日常使いできるものもあります。その日常使いできるものを多数取り揃えているのが87.5です。
川口屋の強みをお聞きすると、「昔からの伝統的工芸品も製作する、けれど次の世代にも使ってもらえるようなポップなカラーリングやデサインの商品も製作していることかな。」と佐々木社長。
店内を見渡すと、それだけではありません。

漆器を置いているスペースの向かいには、陶器や木製品・ビンテージタイルなど、佐々木社長自らセレクトしたオシャレな雑貨達が漆器と一緒にディスプレイされています。こちらは、日常を意識し、漆器だけではなくライフスタイルをトータルで表現しており、こういった一面が川口屋が他とは違う魅力の一つだと思います。


こうしたディスプレイによって、みなさんの食卓に陶器やガラスの食器と共に、ごく自然に漆器が並んでいる様子が容易にイメージできるのではないでしょうか。
得意とするのは「象谷塗」
香川漆器には5つの技法があります。「蒟醤(きんま)」、「存清(ぞんせい)」、「彫漆(ちょうしつ)」、そして「象谷塗(ぞうこくぬり)」、「後藤塗(ごとうぬり)」です。
「象谷塗は得意です。香川県独自の技法であるし、県外のお客様には目新しく映り、マットな質感やシックな雰囲気が好評なんです。それから、独楽(こま)塗の商品なんかは、カワイイと言われることもあります。私からすれば、独楽塗を”カワイイ”って思う概念は・・・無いよねぇ。」と佐々木社長は笑います。こちらが思いもよらないような感想を持つ県外の方の声を耳にするたびに、今までにない新しい香川漆器の魅力や可能性に気付かされる事もあるようで、お話されている姿は、本当に楽しそうです。

独楽(こま)塗は、美しい同心円状の模様が特長で、「仕事がまわる!お金がまわる!運気がまわる!円満にまわる!」など、良い流れがまわっていく様に、との願いが込められた縁起物の意味合いもあります。

漆を乾かすには高い湿度で。
工房には、三種類の「室(むろ)」と呼ばれるスペースがありました。
川口屋の室は、押し入れのような空間で、湿度を低くした「空室(からむろ)」、漆を乾かすための「湿室(しめむろ)」、そしてその中間の湿度環境に整えた室があります。
この日の湿室の温湿度計は、室温15℃、湿度70%を指していました。


「漆を乾かすための湿度の高い室」? 乾かすのに湿室なのだろうか?と不思議でした。
一般的に乾燥といえば、熱や風などで水分を蒸発させる事。
でも漆は正反対で、なんと湿度が高くなくては乾かないのです。
この日作業されていたものは、静岡県のお客様の食器の修復でした。
何十年か前に香川県で買った漆器。でも購入した店が今はもう無いとのことで、漆器組合を通じて川口屋に依頼がきたそうです。
痛み具合から修復方法を考えるため、予め画像を送ってもらうなど、より丁寧な対応を心がけていらっしゃいます。

「香川漆器やから、他で作られたものでも作り方は同じ。」と、漆を塗る手を休めることなく、我々にも分かるようにお話してくださるのは佐々木敏晴会長。とても親しみやすい優しい笑顔が印象的な方でした。会長が座るその作業台に目を向けると、漆で盛り上がった部分があり、これが長い年月続けてこられた丁寧な仕事ぶりを誇らしく物語っています。
長年使用された証でもある傷やひび等を漆を塗り重ねることで、滑らかな表面に戻すことに加えて補強効果もあるとのこと。きっと、今回のお客様も、生まれ変わって戻ってきた器にますます愛着が深まるのではないでしょうか?
塗り終えた器は、細長い板にいくつも並べられ、適切な室で乾燥させます。



使う漆の種類も多種多様で、漆の木そのものが減っている昨今、国産の漆はとても貴重だそうです。
棚には、川口屋の特長でもある、ポップでカラフルな色漆が入った器が所狭しと並べられていました。色漆の発色には、乾燥速度がかなり重要なポイントだそうで、例えば白を塗ったとします。乾燥速度が速いと茶色がかった色になってしまうそうです。そこで、空室(からむろ)に一日置いたりと工夫が必要とのこと。ここまできても、まだ「乾燥=高い湿度」の部分に私の理解が付いていきません。
漆を塗ることができる素材は木だけではないそうですが、木が最も浸透し易いことと、形状が安定していることが、漆製品に木が多いことの理由だそうです。
木以外の素材で、過去にこれを作ったことがあると見せてくださったのが、工房の机の上に置いてあった「ガラケー」です。その素材は樹脂ということですが、その仕上がった外装がこちらの写真。これも出来なくはないが、塗り重ねた漆が木ほど安定せず浮きやすいため、難しいとのこと。やはり木との相性が一番良いようです。


繊細で重要な工程を間近で拝見
職人の皆様にもお話を伺ってみました。
工房に足を踏み入れてすぐのところでは、届いた木地のささくれや多少の凹凸を、紙やすりでひとつひとつ丁寧に研ぎ、表面を滑らかにする工程を行っていました。

木目がハッキリと見える漆器、ご覧になったことがある方も多いのではないでしょうか。
摺り漆(すりうるし)という技法でつくられたものなのですが、あの美しい木目の仕上がりのベースには、この工程がとても重要とのこと。
そして奥の部屋へ案内され入ってみると、彫りの表面に出来た傷や欠けに、ペースト状の漆を塗り、木地を滑らかにする為の補修をする工程を行っており、こちらも仕上がりを左右する需要な作業です。


同じ部屋の一角では、存清(ぞんせい)という技法で作る漆器を手掛けていらっしゃいました。
この職人の周辺だけ、床が水で湿らされていました。埃が舞うことや漆器に付着することを防ぐためにしているそうで、漆器の繊細さを感じました。

このような細心の注意を払いながらの工程に向き合っておられる職人の皆さんの作業を、間近で見せていただける機会などなかなか無いと思います。本当に貴重な体験をさせていただきました。
「こんな使い方していいんだ!」

商品の企画立案に関しては、佐々木社長の妹さんも一緒に考えているとのこと。
兄妹で各方面にアンテナを張り、様々な角度からヒントを拾い集め、独自の感性と高いセンスで商品作りに取り組むお二人。それぞれの立場や置かれた環境から感じ取るものを掛け合わせて、これらの商品が生まれてきたのでしょう。
漆器の特性を存分に生かすこと。各地を訪れた際に聞くお客様の声や、使ってくださるお客様の声にしっかり耳を傾けていること。だからこそ湧いてくる豊かなアイデアで、どの世代のライフスタイルにもバランス良く寄り添える、そういう優しい商品を、今後も世に送り出してくれるだろうと期待してやみません。
SNSでは、実際に様々なお料理を盛りつけた写真を見ることができます。お味噌汁や鍋料理、色鮮やかなサラダやパスタ、お刺身にお寿司やお蕎麦。わたしたちが食べ慣れた「いつものごはん」です。 お料理だけでなく、ふかしたサツマイモや、ケーキなど、おやつ時間にも使われています。
その中でも私が一番驚いたのは、ポテトチップスを盛りつけた画像!目から鱗の画像で、私の頭にこびりついた固定観念は、弾き飛ばされたように解放された気分でした。こんなふうに使っていいのなら、そんなに敷居の高いものではないんじゃないか、と。みなさんもお時間のある時に良かったらご覧になってみてください。面白い発見があるはずです。





いつもの食卓に、漆器を
みなさんのご家庭にいま眠っている漆器、ありませんか?
あるという方、この機会に引っぱり出して使ってみませんか。
SNSで紹介されていたような素敵な料理は私には作れませんが、いつもの食事をこうして漆器に盛りつけるだけで格段に腕が上がった気分になれるかも!?です。そして、使っていくたびに味わい深くなる様を眺めるのも、楽しみの一つになる気がします。私も今回の取材を機に箱に入ったままの漆器を出して日常の中で使ってみようと思います。
また、家に漆器は無いなぁ、という方。気さくなお人柄の佐々木社長に会いに、お店に行ってみてはいかがでしょう。きっと、思わず手に取ってみたくなる素敵な漆器達が待っています。
当店実店舗やオンラインショップでも、いくつか商品をお取り扱いさせていただいております。自分へのご褒美として、また大切な人へのギフトとしてもピッタリです。ぜひ普段の食卓に香川漆器を取り入れてみてはいかがでしょうか。